大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

札幌地方裁判所 平成7年(ワ)1090号 判決

主文

一  被告らは、各自原告甲野一郎に対し金一〇万円、同甲野太郎に対し金二〇万円、同甲野花子に対し金二〇万円及びこれらに対する被告学校法人乙山学園については平成七年五月二〇日から、被告丙川松夫については平成七年六月四日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

被告らは、各自原告甲野一郎に対し金三〇〇万円、同甲野太郎に対し金一〇〇万円、同甲野花子に対し金一〇〇万円、及びこれに対する本訴状送達の日の翌日(被告学校法人乙山学園については平成七年五月二〇日、被告丙川松夫については同年六月四日)から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、被告学校法人乙山学園(以下「被告学園」という)の経営する幼稚園の園児である原告甲野一郎(以下「原告一郎」という)が不当な退園処分(以下「本件退園処分」という)を受けたことにより精神的損害を受けたとして、右原告一郎とその両親(以下「原告太郎」、「原告花子」、両者併せて「原告ら両親」という)である原告ら三名が債務不履行ないし不法行為に基づく慰謝料を請求した事案である。

これに対し、被告らは、原告一郎には、いわゆる「いじめ」に相当する行為があり、被告学園として放置できないものであったとして、その退園処分の正当性を主張している。

二  争いのない事実

1 被告学園は、丁原幼稚園(以下「本件幼稚園」という)を設置経営する学校法人であり、被告丙川松夫(以下「被告丙川」という)は被告学園の理事長兼本件幼稚園の園長であり、右幼稚園全体を統括している者である。

原告一郎は、原告太郎、同花子の長男であり、平成五年四月、本件幼稚園年少組に入園し、平成六年一二月二八日付の文書で被告らにより退園させられるまで在籍していた。原告一郎の退園時である年中組の担任は新卒の戊田春子教諭(以下「戊田教諭」という)であった。

2 入園から右退園に至るまでの間、家庭訪問が二回行われ(毎年春先、年少組のときは訴外甲田夏子、年中組のときは戊田教諭が訪問した)、かつ、年二回の参観日には、原告花子が本件幼稚園を訪問しているが、被告学園及びその教員らと原告ら両親が接する右のような機会のいずれの場合にも、右幼稚園から原告一郎の名前を挙げて素行に問題があるという指摘は一度もなかった。

また、本件退園処分の直前である二学期終了時の出席カードの連絡欄には、戊田教諭が「様々な行事にも意欲的に取り組んでおり、三学期から始まるスキーにも是非頑張ってほしいです。」と記載しており、その際にも何らかの問題のあることの示唆はなかった。なお、原告一郎がこの出席カードを自宅に持ち帰ったのは平成六年一二月二二日である。

3 同月一七日、被告丙川は原告方に電話し、留守番電話に「お耳に入れたいことがあるので、月曜日(一二月一九日)の朝一〇時に園に来てほしい」旨の伝言をした。

原告ら両親が右伝言を聞いてその趣旨を確認すべく被告丙川に電話したところ、当初同人は、電話では話せない旨繰り返したが、原告太郎の懇願により来園を求める趣旨は原告一郎の「いじめ」問題について話すことにあることを告げた。その後、原告ら両親と被告丙川は一二月二〇日午後一時に本件幼稚園で面談することになった。

4 同月一七日夜、原告一郎の「いじめ」の有無について確認すべく原告ら両親は戊田教諭方に「すぐにどうしても連絡がほしい」旨の連絡を入れたところ、戊田教諭が原告方へ電話したので、両者の間で原告一郎のことについて若干の話し合いがされた。

5 一二月二〇日午後一時から本件幼稚園において、原告花子と被告丙川は約一時間面談を行った。右面談には被告学園の理事で被告丙川の妻である丙川竹子(以下「訴外竹子」という)が同席した。

面談の中で、被告丙川から原告一郎による「いじめ」の例として、<1>送迎用のバスの中で他の子を押したり、いたずらしたりすること(以下「バスの件」という)、<2>本件幼稚園で一二月八日に催された餅つきの日に泥混じりの雪をある園児にぶつけたり、他の園児にぶつけるようけしかけ、その園児を泣かせたこと(以下「餅つきの件」という)、<3>他の園児のクレヨンを取り上げたこと(以下「クレヨンの件」という)、<4>他の園児の家に遊びに行ったときに「マンションって狭いね。」と相手の子を傷つけるような発言をしてその子の親を憤慨させたこと(以下「マンションの件」という)を指摘した。

この際、原告花子が被告丙川に対し、「原告一郎のいじめは治っているのか。」との質問をしたところ、被告丙川からは「現在は問題ない。」旨の返答がなされた。また、被告丙川からは、原告一郎が教育困難な状態にあるとか、退園してもらう必要がある旨の発言はなかった。

6 同月二九日、原告らは、園長の被告丙川から「現金書留郵便」及び「普通書留郵便」各一通を受領した。

普通書留郵便には、一二月二八日付で次の文書が同封されていた。

「当園の入園資格」

丁原幼稚園の教育方針に賛同し、園の教育活動に積極的にご協力いただける方、又円滑な教育活動を妨げる恐れのない方、としております。

園内で検討した結果、責任をもって教育に当たることは困難であると判断し、二学期をもって退園していただきます。

また、現金書留には、現金三万円が同封され、退園に伴う返戻金として清算したものである旨が記されていた。

7 原告らは、平成七年一月一四日付文書で、本件退園処分の具体的実質的理由の開示を要求したところ、被告丙川から返答がなかったので、同月二六日付けで本件訴訟の原告ら代理人から同内容の文書を発信したところ、被告丙川から回答文が郵送されて来た。その内容に原告ら両親は納得できず、その後、原被告間で本訴提起前に三回ほど面談交渉を行ったが合意に至らなかった。

三  争点

1 原告一郎に本件退園処分に値する「いじめ」があったか。

2 本件退園処分の手続は適正であったか。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1 前記当事者間に争いがない事実に《証拠略》を総合すれば、次の各事実を認定できる。

(一) 原告一郎は、年少組のときは時々同じ年齢の園児の手などを痕が残るほどかじることがあり、年中組になってからは四歳児クラスに平成六年四月に入園した二年保育の園児に対して、まれにかじるなどの行動や自由遊びのときのふざけ合いが進んで相手が「嫌だ、やめて」といってもなかなか止めないなどの行動が見られたものの、被告丙川の言によれば、徐々にそのような行動は見られなくなったという。

もっとも、園児の送迎のためのバスの中では運転している職員に対し、特に三歳児から時折「一郎ちゃんがいやなことをする。」旨の報告があったが、幼稚園からは原告一郎に対して簡単な注意を与えるに止まっていた(前記バスの件)。

(二) 平成六年の二学期、そのころ世上では中学生による「いじめ事件」が問題になっており、被告丙川から園児全体に対し、「いじめ」というのがどういうことをすることで、「いじめ」がどんなに悪いことであるかという話をする機会があった。ところが、被告丙川が「いじめ」の例を挙げているうちに原告一郎と同じ組の園児から一斉に「それは一郎ちゃんだ」という声が挙がった。被告丙川としては、原告一郎の行動を十分把握していなかったため、そのときは、その場を収めただけで特段の対応を取らなかった。

(三) 平成六年一二月八日の餅つきの日に、被告丙川は、原告一郎が一人の園児に対して泥混じりの雪をかけているのを目撃した。そのうち原告一郎が付近にいた何人かの園児に同じように当該園児に対して泥混じりの雪をかけるようにけしかけ始めたようであった(前記餅つきの件)。そこで、被告丙川は直ちに止めに入り、原告一郎に対して注意を与えた(その様子は、当時出席していた父母らも目撃していたようである)。

(四) 右餅つきの件の後、被告丙川の下に、複数の父母から、自分のうちの子が原告一郎からいじめられている旨の訴えや同児からいじめられたという他の父母からの相談についての連絡等が相次いだ。そのような父母が指摘する原告一郎の行動の中には、同児によるものとは断定できないものもあったが、被告丙川は、担任の他に監視のために職員を一人配置したところ、同職員から、前記争いのない事実5のクレヨンの件などの報告を受けた。

(五) その他、被害を受けた園児の数、回数、日時、経緯、具体的態様は判然としないが、他の園児の弁当を床に落とし、担任の注意を受けたりすることがあった。

2 右のような事実関係から窺われる原告一郎の行動状況(被告らはこれをもって「いじめ」と評価し表現しているが、いわゆる今日の学校で問題視されている「いじめ」とは、「自分より弱い立場にある者に対し、身体的、心理的な攻撃を繰り返し行い、相手に深刻な苦痛を与える」ことを意味し、その言葉には陰湿で卑劣なイメージが伴うところ、本件においては、後記のとおり直ちにかかる表現が妥当するとは言えないので、以下ではこれを「問題行動」と表記することとする)のほかに、前記証拠によれば、その年の一二月一三日ころ、幼稚園及びクラスの運営の援助をしている父母ら役員らが特に被害を訴えている父母らと面談した際に、原告一郎に対する早急な対応を要求され、中には退園処分を望む声まで挙がったようであることをも併せ考えると、被告一郎には、一応の問題行動の存在が認められ、それに対する本件幼稚園による適正な対処の必要があったことも確かである。

ところで、被告らは原告一郎の行動に

(1) 教員の見ている前ではなにもやらず、目の届かない所で叩く、物を壊すなどする

(2) 自ら叩くなどするほか、他の園児に対して、一人の園児をいじめるようにけしかける

(3) けしかけ方は「やらないと仲間外れにするぞ」という趣旨のものである

(4) いじめる相手及びけしかける相手は前述の二年保育で四歳児クラスに平成六年四月から入園した園児に集中しているといった特徴を挙げるが、既に争いのない事実5の中で被告丙川が指摘している行為と証拠により認定した右問題行動の範囲を超える事柄については、必ずしもその問題性が明らかでなく(特に父母らからの原告一郎によるいじめとされる行為の具体的内容が明らかでない)、中には被告丙川が本人尋問に至って初めて挙示するスモックという園児の着物がはさみ様の物で切られていた事件等その重大さにもかかわらずあいまいで具体的根拠に乏しいものも見受けられる。他に証拠上原告一郎の問題行動を具体的に示す事実は見当たらない。

そして、少なくとも右に認定した問題行動は、被告らが指摘する右(1)ないし(4)の特徴を根拠付ける事実としては不十分である。被告らが幼稚園教育の現場を預かる者としての責任から日々園児の動静をつぶさに観察して父母らと協議のうえ園の対応に細心の注意を傾ける努力をしていることは十分表敬に値するとしても、本件を証拠に照らし客観的に見た場合、本件行動主体の幼さによる園児間の立場の互換性(当該年齢の園児間では未だ「いじめる側」と「いじめられる側」という立場の固定化が見受けられないのが通常と思われる)と「いじめ」の典型ともいうべき中学校教育と比較した場合の彼我の教育指導環境及び対象の差異並びに前記「いじめ」の定義に照らした原告一郎の問題行動の質と程度の違いに鑑み、原告一郎の行動を被告らが主張するような世上をにぎわす「いじめ」に該当するものと直ちに判断したり、それと同視するのは、あまりにも拙速であり相当ではないものというべきである。

そして、右に認定した問題行動のみをもってして、即、退園処分に値すると考えることも相当ではない。

この点は、被告らも「子供のやることはご両親次第で簡単に変化する」と考え行動していることからすると、原告ら両親の対応を考慮しているのは明らかであり、被告らの処分の適正いかんを判断するには、原告一郎の問題行動の他に、退園処分に至るまでの被告らの対応状況も併せ考慮する必要がある。

そこで、次に争点2について検討することとする。

二  争点2について

1 前記当事者間に争いがない事実に《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 平成六年の二学期に被告丙川が園児を集めて、「いじめ」について話をしたところ、他の園児から一斉に「それは一郎ちゃんだ。」という声が挙がったが、被告らはそのときは特段の対応をしていない。

(二) バスの件について、訴外竹子は、他の園児の母から電話を受ける度に、バスの運転手に原告一郎の様子を注意して見るように指示していた。

(三) 餅つきの件の後、複数の園児の父母から原告一郎の問題行動についての訴えが相次ぎ、被告丙川は、戊田教諭のほかに監視の職員一人を配置した。

(四) 同年一二月一三日ころ、被告丙川同席のもと、役員らと特に被害を訴えている父母らとの面談が行われ、原告一郎に対する早急な対応が幼稚園側に要求され、中には同児の退園処分を望む声もあった。

被告丙川が、「自分は、これまでの経験の中で、生徒や園児を退学させたりしたことはない。いじめの問題でもそうである。いじめの問題でも、両親が相手の子供の心の痛みについて子供に理解させようという姿勢があれば、驚くほど改善されて行くものである。」という趣旨の発言をした後、被告丙川が一任を受け、原告ら両親と話し合ったうえで退園させるかどうか決めるという形で右面談は終了した。

(五) 同月一二月一七日、被告丙川と原告ら両親が電話でやり取りした際、前記争いのない事実3記載のやり取りのほか、原告太郎からの問いかけに対し、被告丙川は「他の園児を叩いたり乱暴なことを言ったりしながらいうことをきかせているようなのである。」旨答えた。また、原告花子から「女の子もいじめているのですか。」と聞かれ、「現在は女の子はいじめていないようだ。」と答えた。また、この際、被告丙川は原告一郎の問題行動をいくつか指摘した。

(六) その後、戊田教諭と原告ら両親が電話でやり取りした。戊田教諭は、原告ら両親の執拗な懇願から、実名を挙げて原告一郎の問題行動について園児の父母から被告丙川に訴えがあったことを話したが、詳しくは被告丙川から聞くよう告げた。

(七) 同月二〇日の面談において、争いのない事実5記載の事実を被告丙川から告げられた原告花子は、「一郎も三歳児クラスのときいじめられた。」旨発言したが(原告らのこのような発言をしたことを否認しているが、会話の流れの中でこのような趣旨の発言があったと認めるのが次の被告丙川の発言に照らして自然である)、これに対して、被告丙川は、三歳児クラスと四歳児クラスの性格の違いや原告一郎の「いじめ」の継続性と「他の園児にいじめさせる。」という特徴から全く意味が異なるものであることを説明した。更に原告花子は「原告一郎のいじめは治っているのか」と質問したところ、被告丙川から「現在は問題ない。」との返答を得たので、退園をほのめかす発言が全くなされなかったこともあり、原告花子は右事実をとりあえず原告ら両親に伝えておきたいという趣旨で呼び出されたものと考え、同日そのまま帰宅し、原告太郎に面談の内容を伝えた。

(八) 面談後、被告丙川と訴外竹子は、原告一郎の問題行動よりも原告ら両親が自分たちの非を認めず本件幼稚園に対して不平不満ばかりをいい信頼感が喪失していることが問題である旨話し合って本件退園処分を決定した。

(九) 原告一郎が、二学期終了の日である一二月二二日に自宅に持ち帰った出席カードには戊田教諭により争いのない事実2記載のコメントがされており、そこには本件退園処分の通知がなされる直前であるにもかかわらず、原告一郎の問題行動についての指摘がなかった。

2 以上の事実を前提に本件退園処分の手続の適性を原告一郎の問題行動との関係で検討する。

私立幼稚園における在園関係は、準委任契約類似の在園契約と解されるが、退園処分は、当該園児に対する幼稚園からの教育の断念放棄であり、園児に重大な不利益を与えるものである。従って、退園処分が許されるためには、当該処分に値するだけの事由の存在すること(正当事由)、幼稚園側の問題認識とそれを基礎付ける事実を指摘開示のうえ説明し、相手方(両親)に十分な弁明の機会を与えるとともに、場合によっては両親から子供へ適切な教育指導をするよう協力を求めたり、幼稚園の対処方法についての理解承認を求めること(適正手続)が要請されるところ、右両者は相関関係にあり、幼稚園からの処分決定に当たって総合的な判断が必要となる。

すなわち、前者の退園に値する事由の存在が深刻なものであれば、後者の適正な手続は比較的率直簡明でも被処分者側の大方の納得は得られ易いのに対し、逆に園児の過去の問題行動そのものよりも将来の問題解決に向けた幼稚園と園児の両親の協力関係及びそれに従った経過観察が当該処分の判断に当たって重視される場合もある。

3 これを本件について見るに、

まず、一二月二〇日の面談に際して、被告丙川は、原告花子に対して、バスの件、餅つきの件、クレヨンの件、マンションの件を指摘したことは認められるが、同時に原告花子からの「原告一郎のいじめは治っているのか。」との質問に対して、「現在は問題ない。」旨回答したり、原告花子が「父親が甘い方なので、私が厳しいんですよ。」という反応をし、被告丙川が退園処分をすべきかどうかをその面談の中で見極めようとしていることを十分に把握していなかったことがその会話から客観的に明らかであったにもかかわらず、それ以上被告丙川の意図を正確に伝えようとした努力が窺われない。もとより、原告花子(及び同人から報告を受けた原告太郎)が、被告丙川からの電話連絡に対して不安に思っていたことは、原告ら両親がその後被告丙川宅に電話して、面談要請の趣旨を問うたり、戊田教諭に電話して執拗に問いただしていることから明かであるところ、いざ面談に臨んで、被告丙川は原告一郎の問題行動を原告ら両親に伝えたかっただけだったと判断した点にはいささか疑問を禁じ得ないところであるが、原告ら両親がかかる誤解をしたのは、被告丙川が一二月二〇日の面談において前記やり取りのような原告一郎の問題行動及び幼稚園側の現状認識についての不十分な説明に終始したからであることは否定できない。ここでは、被告丙川は、原告ら両親に他の父母から退園処分を望む声まで挙がっており、幼稚園側としては、原告一郎の問題行動をどれだけ深刻に受け止めていて、原告ら両親の対応いかんによっては退園処分にまで至る判断をする必要があることを正確に説明し、そのうえで原告ら両親の弁明を聴取するべきであったものというべきである。

次に、原告一郎には即刻退園処分に値するだけの問題行動があったことを認定できないことは前記のとおりである。

そうすると、幼稚園側としては、原告一郎の問題行動を前提に前記のような幼稚園側の問題認識と厳しい判断を迫られている状況を説明したうえで、原告一郎の教育指導についての幼稚園と両親の双方の認識のすり合わせを行ったうえで、今後具体的にどう対処すべきかということや、その後の両親の対応状況と原告一郎の行動についての改善の兆し、更に幼稚園の原告一郎への教育指導とその効果といった園児である子供をめぐる両当事者間の協議検討とそれに基づく十分な経過観察を経るべきであったものというべきである。(被告らとしては、原告一郎から「いじめ」にあったとされる他の園児の父母らから早急な対応を求められており、このままの状態で三学期に入ると大変な混乱を招くと懸念しているが、幼稚園側の右のような本来なすべき対処方法について反面ではこれら父母らにも十分説明のうえ理解を得る努力をすべきだったものというべきである。)

しかしながら、被告らは、原告ら両親の問題性(これについて、少なくとも幼稚園側の処分に向けた適正な手続の遵守が明らかに効を奏さないことを認めることができるような意味での親の協力理解が得られないという問題性を十分認定できる証拠は本件では見当たらない)と被告丙川が原告花子と本件問題行動について面談した際の反応を指摘するのみで、原告ら両親に現状を把握させる説明努力、幼稚園側の対応への理解を求める努力、そのうえでの原告ら両親の協力の下での幼稚園による原告一郎への教育指導と家庭での原告ら両親による同児への教育指導及びその後の同児の経過観察といった本件で必要と考えられる対応がいずれも認められない。

具体的には、前記証拠に照らすと、被告学園及び父母らから本件の取り扱いについて一任を受けた被告丙川が餅つきの件(これが被告丙川が原告一郎の問題行動を証拠上直接見分した最初の機会である)から二〇日足らずで本件退園処分を行ったこと、その間に原告一郎や戊田教諭から事情を聴取した形跡がないこと、面談における「子供のやることはご両親次第で簡単に変化するものですよ。」という被告丙川の発言に対して原告花子が「父親が甘い方なので、私が厳しいんですよ。」という一見するとかみ合わない反応をしたことに対し、被告丙川が更に一歩進めて原告花子とやり取りを続行し原告花子に幼稚園側の問題意識を理解させようとした形跡あるいは原告太郎の同席ないし同人との個別面談を試みようとした様子が窺われないこと、被告丙川は本人尋問において、一二月二〇日の面談後の原告一郎の様子を見て退園処分を行うかどうか見極めようとした旨供述しているが、二学期は一二月二二日に終わったのであり、経過観察として余りに短期間であることが認められる。

それゆえ、被告らには、原告一郎の問題行動に見合う処分に向けた適正な手続が履践されておらず、結局、本件退園処分は総合的に見て正当なものとは認められない。

第四  結論

一  以上によれば、被告丙川が、被告学園の理事長兼園長として学園側の一任を受けてした本件退園処分は、原告らに対する不法行為及び原告らとの間での在園契約の趣旨にも悖り、債務不履行をも構成し、いずれにせよその不適切な対応の範囲内で損害賠償の責任を負い、被告丙川の右行為は、同人が職務を行うにつきなされたものであるから、被告学園は民法四四条一項に基づき同じく原告らに対し損害賠償責任を負う。

そして、原告らは、本件退園処分により、それぞれ精神的損害を被ったことが推認できるところ、被告らの対応の問題点は既に指摘したところであり、他方、原告一郎自身はともかくとして、同児を監督監護すべき立場にある原告ら両親にも、被告らが指摘するような極端な問題性は本件証拠上認められないにしても、前記のように、原告一郎に問題行動が存在し、幼稚園側や父母らが原告一郎の当該行動を問題視し、それなりに原告ら両親にその問題性を伝えようとしているにもかかわらず、原告らに都合の良い解釈理解にのみ終始していることは、原告ら両親には、原告一郎の本件幼稚園における行動についての平素の理解不足ひいては同児の監督不行届のあったことも否めないものというべきである。

そうすると、右の諸事情のほか本件訴訟に現れた一切の事情を総合勘案すれば、その損害に対する慰謝料としては、原告一郎については金一〇万円、原告太郎及び原告花子については各金二〇万円が相当である。

二  よって、原告らの本訴請求は、右の慰謝料及びそれに対する遅延損害金の限度において理由があるからこれを認容し、その余はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 福島政幸)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例